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できるだけ残業を少なくして、自分の人生を楽しむための方法をサラリーマン20年の経験からお話します。

営業マンにとって年末年始の挨拶回りは不毛なのか

今日が仕事納めという人も多いでしょう。

ようやく久々の、お盆休み以来の長期休暇です。

思う存分楽しみたいものですが、自分は特に遠出する予定もありませんので、愛犬のロング散歩と読書三昧になるのだろうかなと思います。

 

さて、年末年始と言えばある趣恒例行事のようになっていることがあります。

挨拶回りです。

この習慣は根強く続きます。

個人的には、毎日のように仕事でやり取りしている人に、わざわざ挨拶をするためだけに会いに行くことはどうなのかなと感じています。

ですから、昨年くらいから極力減らすようにしています。

日常のやり取りの中でさらっと挨拶して終わらせることが多いのが現状です。

 

日々の仕事がしっかりできれいれば、挨拶回りの有無で発注がなくなったりすることはないでしょう。

それに、挨拶回りをする時間があったら来年に向けて、対象のクライアントのためになることを考えたりする時間を作った方がクライントのためにもなるでしょう。

挨拶周りのような表敬訪問は基本的に双方にとっての時間の無駄使いになってしまいます。

 

ただ、完全に挨拶回りをしなくてよいという意見かと言われると、必ずしもそうではないと考えてしまいます。

ある発注先の担当変更により、我が社の担当に若手が就くことになりました。

はじめての仕事ぶりがあまりに頼りなかったため、次回以降は発注先の検討を考えていました。

先日、いつも作業着のその若手担当者が年末の挨拶にスーツを来てきました。

「不慣れもあって満足な対応ができなくて申し訳ありませんでした」と一生懸命頭を下げながら挨拶をするのです。

そして、来年もよろしくお願いしますと。

 

挨拶回りをすることによって、仕事を守るきっかけになるのだなと、挨拶回りをされて気が付きました。

目的意識のない訪問は時間の無駄ですし、訪問されると時間を奪われている気分になってしまいます。

それでも、接触回数が少ないと、仕事を受注する機会が少なくなるも確かです。

時間の無駄だと思いながらも、よく訪問してくれる先には結果として仕事を多く発注しています。

 

また、世の中には未だ挨拶回りなどの慣習を命のように重んじる人達がいるのも事実です。

このような人達はその慣習が執り行われないと、自分が軽んじられていると感じてしまうようです。

クライントのキーマンがこのようなタイプであれば、挨拶回りをするにこしたことはないでしょう。

 

挨拶回りはしておいた方が無難でしょう。

ただ、どうせするのであれば、ただするのではなく、目的をもって行ったり、本当に1年の感謝の気持ちを伝えるようにした方が良いのではないでしょうか。

 

でも、やっぱり無駄な慣習ですね。